カラフルなグレーの短編日記

野生のアスペが人間社会で生きたくなったら

去年まで忘れていたこと

10年くらい前(7、8年かも)の話。

 

横浜で伸び々々と営業をしていた時か、

都内の短期派遣でオフィスビルに紛れこんだ時期か、もっと前の何処かに居た時か。

20代半ばくらいに、アスペルガーの疑いを持ち、

10代の頃に通っていた精神科を訪ねた。


何年も経っているので、当時の担当の医師はいない。誰でもいい。

カルテがあれば、初診より楽。

診察とはいえ初対面の人と話すので、キリッとしよう。

メイクを直し、礼節を持って、堂々と入室。

そして、本題に入る。

アスペルガーだと思うのですが」キリッ。
医師の評価は「そんな自閉症はいない」だった。

自分を誇っていいのだろうか。プロも騙せた。

努力の賜物。患者には見えないらしい。

でも、この場で、それでは困る。

然るべき診断を受けて、治療する為に来たのだから。

そう食い下がって、投げやりな医師に、一応話しは聞いてもらった。
結論は、

もし診断が下りたとしても、ここでは治療というか、療育の手段は無く、

自閉症は病気では無いので、処方する薬も無い。

つまり、その病院で出来ることは無かった。

 

アスペルガー疑惑は、対応策が見付からないまま、

他の山積みの問題に埋もれて、去年まで放置されていた。

10年近く忘れていた。うっかり。

 

もう一つ。

10代の頃に統合失調症と診断されたのは

「違うかもね」と。

当時から、そう訴えていたのに。

(言葉は知らなかったけど)

その診断が全てですか? 二次障害だと思うのですが。

 

医師でも見極められないケースは、珍しくない。

否定するわけじゃない。 

そういうことも、あるということ。

 

晴れた日の太陽の光

休みの日の午前中

気分が良くて、外に出て、

全部が明るくて鮮やかで、

手も爪も血色が良くて、太陽の光に透ける

 

元気に見える身体

一人なら、生きていられる

 

書くのが嫌になった話

どんな形であれ、毎日ブログを更新し続けている人は、それだけで凄いと思った。自分で書いてみて、1件書くと、次の日には机の前に座るのも、考えるのも身体が拒否する。同じ体勢で、一つのことを考え続けるだけで疲れるし、どこまで何を書いていいのか迷うので、心が重い。勝手に書いているので、好きにすれば良いのだけど、辛い。会社なら、無理して多少身体を壊しても、一定期間なら、頑張れるのに(良い事では無い)、自宅だと、個人的な強制力があっても、身体の拒否を言い訳に、他の事に逃げてしまう。

 

このブログは、文章力を上げることを目的に書いています。

去年の8月から、派遣の仕事後に、ひたすら文字数だけを追って、一人でベタベタ書いていたのが一段落し、12月から、人に見せる為の文章を書き始めました。(文の書き方と、個人的なノルマという意味で。)

半分まで来て、方向性が怪しくなり、進まなくなってしまった。考えても、想像だけでは埒が明かないので、当初の目的に立ち返り、実際に人に向けた文章がどうなるのか、やってみたのが、このブログです。目的は、文章を書く事。内容は何でもいい。文を書ければいい。

 

今から新たな分野の情報を仕入れて、アウトプットするには、時間と気力の余裕は無いし、あまりに無意味な「文化的雪かき(by 村上春樹 ダンス*3だったか)」だと、書くのも読むのも無駄で、却って内容にも困る。自分なんて語りたくない。(でも、結果、そうなっている。凄く嫌だ。)

 

仕事と読書以外で、多くの時間とエネルギーを割いてきたのが、直近では発達障がい改善への取り組みでした。まだ克服したとは言えないし、会社(派遣)もいくつかの理由で辞めてしまったので、「こうすれば良くなる」とは言えません。エビデンスやメカニズムに遡ってまで、精査しないので、情報提供もできません。それは、専門家や得意な人に任せます。私は、そういう人達からの指導や情報を取り入れて、やっているだけです。こんな例もあるんだな、というくらいに見て頂けたらと思います。

 

これが、今、一番書きやすいテーマなので、気が済むまで書いています。全然関係ないことも書きます。個人的な日記ですが、書いた意図とは別のものでも、何か拾えるものがあったら幸いです。

 

書くのが嫌な件について。

・椅子やPC、身体的なストレスを軽減する。座る場所を変えるとか。

・あとは、どうしよう

 

ギフテッドの才能と、天才型アスペルガーの違い

根拠なし!個人的な印象100 %

 

天才型のアスペルガーは、脳神経の密集した部分(得意な学習方法と興味の対象。得意分野)を高度に発展させ、出来上がったフレームと、得意とする抽象理解を他分野に展開することで、いくつかの分野に一定以上に精通し、そのスピードも早い(ただし、興味があれば)。広義の経験から成る、職人さんタイプ。得意分野を突き詰めるほど、複数の視点を得て、他分野への応用、学習も卓越したものになる。特定のものに関して記憶力が高い場合がある。視覚情報による理解力が高いらしい。

 

ギフテッドの才能は、脳梁が太い感じ(根拠なし、イメージ)。見たものを理解と同時に記憶、抽象化、一般化、他の情報との紐付け、位置づけ、統合、応用までこなす。脳のあらゆる領域を瞬時に使う。スピード感がある。一度聞いたことは基本的に忘れない。知識欲が旺盛。行動力がある。真の頭の良さは、組織内でのリーダーシップ、実行力など、現実を動かす力であることを教えてくれる。一目置かれる。体調による思考力のブレはない。

(ギフテッド同士のやりとりは、早いというか、先へ先へ飛んでいく。お互いの幅広い理解の端っこをタッチして、そこから広がる新しい理解の端っこを交互にタッチしていって、どこまでも飛んで広がっていく。楽しそう。)

 

知っている母数が少ないので(簡単にあたれるネット情報も、こういう視点で書いているのは少ないので、正否を確認できなかった。論文とか、どこを探せばいいんだろう?)、一般的とも言えないし、全てが当てはまるとも限りません。会ったことがある小数の人と、自分の経験から、印象を書いただけです。色々な由来の天才的な人がいて、能力や才能の使い方も様々で面白い。間違っていたら、教えて下さい。

 参考:

天才型アスペルガー:1人、天才型じゃない軽アスペルガーの自分の傾向と外部情報の照らし合わせ、他メディアで見かけた出来るアスペルガーの人達。(ジョブズ様など、空の彼方の人は含んでいません)

ギフテッド:自称・他称 2、3人(一人はタレンテッド)、ギフテッドに近い定型発達の優秀な人、臨床心理士 竹田さんのブログ ↓

 

ギフテッド カテゴリーの記事一覧 - 逆境から立ち上がった臨床心理士

よく見るカテゴリー

・ギフテッド

ADHD傾向との付き合い方

ADHD
・私事 (の中の「ダイエットDVD比較」) ←トレーシーメソッド良い!

境界性人格障害

 

 内面の理解と対処の方針を教えてくれる。

 

――

 

私の狭い交友関係では、10年に一人くらいの頻度で圧倒的に面白い人に出会います。(最近はトレンドが上がってきたかも。頑張ろう)

職場や何かの集まりで、長い間、毎日顔を合わせていても、知り合い以上になれることは殆どありませんが、ごく稀に、いつもと違う場所や、ある限定された期間に、生きているのが楽しいと思える友達に出会ったりもします。

大抵の場合、知り合って直ぐに、お互いの何かを理解したり、強い興味を持ったりして、急速に仲良くなって、一定期間、密に遊んだ後、そこにいられる期間が終わって、それぞれの場所へ帰っていく。

自分に何か出来ることがあれば、長く続く関係を作っていけるのかなと期待して、頑張っています。圧倒的に楽しい人は、全てをかけて何かをやっている人なので。そういう人が大好きです。生きるモチベーションとして、必要です。

 

ここ数年、ギフテッドやら発達障がいやら、新たなフレームが出来て、色々なものが見えるようになってきました。

カテゴリーで判断するわけじゃないけど、身近にも色々な人がいる。

会社にも、ギフテッド並みの理解力と記憶力を持つ人がいて、観察力など学ばせてもらうことは多かったけど、元々の能力や処理速度は、普通の人が努力で身に付けられるものでは無いので、真似(同じこと)は出来ないと悟った。

多様性ですね。

 

ギフテッドのネタは終了。

 

双子の魂と、それぞれの信条②

 ~双子の魂と、それぞれの信条①のつづき~

双子の魂と、それぞれの信条① - カラフルなグレーの短編日記

 

 

どうして昔の自分を見ているようなのか?

 

何歳か年上だし、才能を生かして社会適応している優秀な人なのに。何故そんな風に感じるのか、不思議だった。

 

人柄はとても誠実でチャーミング。

社会通念意識が高い一方で、常識に囚われなさ過ぎて浮いていたりするけれど、協調性を強制される仕事ではなく、能力も高いので、適度に自由にしていられる。

 

暫く間近にいて、ふと思ったこと。人を信じていない?

礼儀正しくて、コミュニケーションも取れる、それなりに振舞っているけど、他者が不在?

 

その人に限らず、普通に馴染めないと、多かれ少なかれ人間関係で大変なことがあると思う。(普通の人もそうだけど)

その過程で、周りの全てが敵に見えたり、身近な人が失望して離れていくのを何度も経験したり、根本的に分かりあえないことに絶望感を持ったり。

 

先に私の話をさせてもらうと、

実家の家庭環境が込み入っていた時期があり、コンプレックスも多々あるので、学生時代には「人を信用する」という概念が無くなっていた。

今でもそういう面はあって、無意識を放置すると、人をネガティブに捕らえて軽視してしまいがち。その傾向が出ていないか、時々掘り下げてみる必要がある。(結果、迷宮入りしたりする)

 

大人になって、それなりに社会対応を学んでくると、周りの人は悪い人ばかりではなくて、寧ろ殆どは善良なごく普通の人達だと気が付く。

20代の若い女性が、withとかMOREあたりの抑え目なミーハーOL的な格好で(愛読してない。イメージとして。派遣でオフィスカジュアルがメイン)、明るく礼儀正しくしていれば、多少おかしくても好意的に受け入れられることが多い。

頼りなく見えるのか、色々な場面で人が助けてくれた。

優しいばかりじゃなくて、間違っていることを教えてくれたり。

 

そうすると、人間関係を築けないのは、自分の対応に問題があるかもしれないことに、改めて思い至る。

そこからも試行錯誤は続くけど、普通の人の感覚が分からないなりに、こちらから少し心を開いたり、思いやることで、何かが通うことが増えた気がする。(具体的には、適度な情報開示や、相手の自尊心を下げる為の行為ではないことと、その理由を言葉でちゃんと伝えるのが一つ。

「おかえりなさい。悪いけど、今ブログ書いてるから、無視集中していい?」相手を無駄に不安にさせないように声を掛ける行為が、既に心遣い。普通の事でも、職場だと特に難しい。過剰な気遣いになっても疲れるし)

ただ、元々人への関心が薄いことや、仕事中は目の前のことにしか構えないこと、体調で極端にブレてしまうことで、常に継続するのは未だに難しくて、不快な思いをさせてしまうことはある。

それでも、基本的に(全面的にではない)人が信じられる前提に立ってから、見えたものは大きくて、一歩前に進めた気がした。

(この頃には、発達障がい+生育暦×二次障害が、発達障がい単体になってきた。幼少期は幸せな時間で始まったので、自己肯定感がそこそこあって、浮いていることは気にならず、むしろ周りがおかしいくらいに思っている嫌な奴だった。今でも性格は悪い。自尊心は長い間、地に落ちていた。)

 

双子の話に戻ると、

その人は自力で何でも出来たので、人間関係で受けるネガティブなものが、ポジティブなものより圧倒的に大きかったのかもしれない。その人は度々、諦めたと言っていた。

 諦めと他者の不在感は、どこで繋がっているんだろう?

一本の釣糸に繋いで、深海に放ったら、どちらが深くて、どの辺の深度で結び付いているんだろう?

2年以上の付き合いの中で、その人がどれ位の絶望や経験を経て出した答えで、今の姿勢がどこまで自覚的なのか、結局最後まで理解できなかった。

突出した才能が、仕事、プライベート共に、必要以上に人を引き付けて、強烈なハートブレイクをいくつか経験した時期があったらしい。衝撃の深さは他人の想像の範疇にない。平時に受け続ける負の影響なんて、存在すら知られない。 

他のタレンテッド(ギフテッドのアーティストVer.)や、ギフテッド並みに優秀な定型発達の人によると、一方的に期待され、嫉妬され、敵視され、試されて、うんざりするのが常だと言う。目立つと面倒くさいと。そして、同じ実力とスピード感で話せる仲間が、身近に少なく、理解者がいない。凹も凸も、平均を超えると大変みたい。

 

要因は、ここに書かないことも含めて、複数あるけど、不器用で、良くも悪くも注目されるその人は、ごく普通の関係性を望んでも、叶わなかったみたいだった。 

どんな方法で望んだのか?

その辺りに、昔の自分を見ていると感じた理由がある気がした。

感情のある他者の存在が見えない、自由なようで自由じゃなかった頃の雰囲気。(今も基本はそう。意識すると、少しだけ垣間見える 。全部思い込みの可能性もある)

実際のところは本人にしか分からない。

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「ごく普通の関係」、例えば社会的立場から自由な女の子同士のような関係に憧れたとして、それは「何もない自分を受け入れてもらう理想」とイコールではない。二つを同時に体現しようとする、信念を持った試みの最中だったのかもしれない。

 

双子の魂と、それぞれの信条①

何年か前にツインソウルに会ったことがある。

 

スピリチュアルな話ではないです。

そういうものは存在するし(私見)、話を聞くのは好きだけど、基本的に、生きている間は生きることをすればいいと思っています。

いつも自分の事だけでいっぱいなので、ソウルメイトを探すことに興味はない。

 

一般的に、自分に似ているところや、近い部分を持った人とは共感しやすく、仲良くなりやすい。そのツインソウルは似ている人ではなかった。

 

搭載されているものが同じ。

 

性別や立場や話し方、才能や見た目も違う。でも、基本が同じ。

同じ中身を別の個体にそれぞれ入れたら、環境に応じて言動や成長度合いに違いが出た、という感じ。

 

仕事上で知り合って、早い段階でお互いに他人とは思えない何かを感じ、一時期は意気投合して遊んでいました。

感情を挟まない考え方や、食や身の周りの物への趣向が近いので、一緒に行動すると楽しかった。

 

その人は自称、軽度のギフテッド。

先天的に飛びぬけた理解力がある人です。

個性的なフリーのITコンサルタントで、堅い職場でパートナー契約を結べる社会的信用の厚い経歴と、才腕の持ち主。優秀な変な人。(←愛がこもってます。人類愛。変人に対して偏見はない。数少ない友達を見ていると、自分て普通だなと思う)

運動能力も高く、若い頃は完璧人間と称されていたらしい。

 

私は社会適応できなかったアスペルガーなので、そこは大きな違いです。

(当時は、まだASDの自覚は無かった)

 

 それなのに、時々昔の自分を見ている気分になった。

何故?

 

 ~長くなりそうなので、続きます~

双子の魂と、それぞれの信条② - カラフルなグレーの短編日記

 

 

雪が降る場所

土曜日の夜の話。

 

雪が降ってきました。

 

車の通りも殆ど無い23時過ぎ。

山一つ分の桜吹雪を一気に散らしたような雪が舞って、歩道に薄っすら積もり始めた。

 

足を延ばして、徒歩10分のコンビニまで歩いた帰り、来た時に付けた足跡は消えて、誰かが二人で歩いた跡に変わっていた。

この足跡の一人が、突然消えたらホラーだな。揉めた痕跡があれば殺人事件か。

どちらの足跡も、同じくらいのサイズで、大きくも小さくもない。メンズ二人にも、男女にも見える。

コンビニを出た先の交差点から始まって、付かず離れず、重ならず、近い距離感を保ったまま続いている。

 

ほんの数分前に存在した人達の気配を感じながら、誰もいない夜中の雪道を一人で歩く。

三番目にこの道を歩く人は、複数人の足跡を見て、既に人が通った道だと認識するだけ。

似たような経験は、この環境で暮らす人には、より日常的で、身近なもの。

 

均一な面が雑多な景色を覆い隠す場所では、歩調を変えた時間を見付けやすい。